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2014年1月9日木曜日

書評:江戸のしきたり

江戸時代の人々の生活が、広範囲に集められている。

 

ただし、引用が多く、考察も浅く感じられた。

 

特に不義密通のくだりなどは、

 

浅学の私の知っている知識と比べて表面的過ぎて面白みにかける部分もある。

 

(不義密通は打ち首獄門)←あくまで公になったらの話です。

 

実際は男の泣き寝入りが多かったと記憶しています。

 

明治以前の女性は強かった。

 

倫理観もそれほど厳しくはなかったと記憶しています。

 

ただ、最初に書いたとおり広範囲にわたっており、

 

通り一遍の面白知識を知りたいのならよいかもしれません。

 

江戸時代の入門書としてお勧めです。

2013年12月12日木曜日

操作可能性命題について考える

操作可能性命題:世の中は、力の強さに応じて、意識的に操作可能である。

で、この反対側が

自律運動命題:経済秩序は人間の意識から離れて自律運動した結果である。これを人間が意識的に操作しようとしたら、しばしばその意図に反した結果がもたらされる。

ということらしい。

ちなみに前者が、反経済学的発送であり後者が経済学的発送という区分けが付いている。

どうも自分は、難しい文章を書くのが苦手だ。

簡単に言うと、操作可能性命題とは、強い奴がルールをすべて決められるということらしい。

その反対側は、強い奴がルールを決めても結局は決めたルールと真逆の結果になってしまう。

ということだ。

どんなに絶大な権力を振るってその時は自分に都合の良いルールを決めたとしても

他人を含めた世界は自分の期待した通りに動くわけではない。

あ、もちろん経済の話です。

歴史も確かに同じ部分がある。

幕府が権力を維持するために租税を重くしたら

農民一揆が頻発化して結局幕府の権威は地に落ちる。

その一時は、問題が出ないけれども同じことを何度も続けると

いずれ無理がたたってどうあがいても思い通りにならなくなってくる。

自分の思い通りにならなくなった時に自分が権力の中心に座っていなければいい的な発送もあるのかもしれないな。

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2013年12月4日水曜日

書評:田沼意次の時代

著作 大石慎三郎

田沼意次は、不当に貶められた幕閣である。

 

彼のライバルは、松平定信という8代将軍吉宗の孫。言ってみれば貴種である。

 

定信の父親が、9代将軍になっていれば、彼は間違いなく10代将軍になっていただろう。

 

それを決めたのは吉宗であり意次ではない。そんなボタンの掛け違いもあったのだろうか。

 

定信には、意次を失脚させねばならない理由があった。

 

東北の飢饉の時に、意次は全国に米を買い占めてはならないとのお触れを出した

 

定信はそれに逆らい、米の買い占めを行い自分の藩の利益を追求していしまった

 

このことから意次の追求を恐れた松平定信は、意次の失脚に執念を燃やすことになる。

 

なんというおろかで小さい男なのか。

 

意次の政策は経済規模を大きくし、貨幣として税収を商人からとるという

 

マクロ経済的に言えば非常に正しい政策である。

 

百姓たちも、吉宗の増税で疲弊していたためこの政策に喜んだとおもいきや

 

定信の讒言のため、決してそういう空気にはならなかった。

 

また、斬新すぎる意次の政策は、幕府内部にも反感を買ったのであろう。

 

意次の遺書を見れば、彼が非常に情の細かい気遣いのできる苦労人だとわかる

 

しかし負けてしまえば歴史は改ざんされ勝者の都合の良い者に書き換えられてしまう

 

敗者が見直されるには、時間がかかる。

 

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2013年11月25日月曜日

江戸時代よりはるかに後退している現代

技術的な差はある。もちろん生活だって向上している。

 

ところが政治を見ていると

 

まるで進歩がないように見えてしまうのはなぜだろうか?

 

インフレ政策で日本を豊かにした優秀なテクノクラートがいた

 

 元禄時代の優秀な荻原重秀

 

その優秀さに嫉妬して、

 

将軍の病床まで押しかけて讒言の上荻原を失脚させた愚かな新井白石

 

おまけに、貨幣の質を高めたために起こった、

 

貨幣の流通不足によるデフレ政策で経済を停滞させた。

 

しかし、熱心な儒学者としての一点で、明治政府から持ち上げられた。

 

逆に、荻原は貶められたままで、

 

一部の江戸時代の学者以外に決して認められていない。

 

その江戸時代の学者も、現代の経済政策については

 

新井白石と同じ知見しか持ち合わせていない。

 

どうも日本というのは経済政策については

 

愚直な方法が賢いと思いすぎるきらいがある。

 

江戸時代は身分制社会だったのか?

 

NO!豊かな町人が旗本株を買い士族になることも出来た。

 

江戸時代は支配階級であった士族を中心とした社会であったから

 

士族が好き勝手を出来たのか?

 

NO!増税を熱心に唱えた幕臣ですら、農民の声を気にして

 

自分の主張どおりの増税が出来ずに終わった。

 

明治時代でさえ、

 

非支配者層の声を聞かなければ政府が不安定になった。

 

であるならば、戦後の民主主義とは何だ?基本的人権とは?

 

かつて人間の命は地球より重いとの迷言があったが

 

一人の人間のために地球を犠牲にして良いのか?

 

犠牲にしたら結局助けたはずの一人も助からないではないか!

 

そんな自明なこともわからない裁判官とはなにか?

 

日本を離れて日本人が成立するのか?

 

日本あってこその人権論議ではないのか?

 

そこら辺の考え方が、

 

現代のほうが江戸時代よりもはるかに後退している。

 

日本を離れて日本人は存在し得ない。

 

2013年11月18日月曜日

ものすごい江戸の経済

 

江戸という都市は、一時世界で一番大きな人口をもつ都市だった。

 

そこにあつまる物資の量もすごい。そして、現在であればノーベル賞を受けられるほどの才人も

 

すでに「先物取引」、「空売り」など現物以外の取引をする商人が現れていた。

 

江戸と大阪では金と銀の価値の差から「為替」が発生し、それを利用した取引も行われていた。

 

なんのことはない、国内で現代の経済と同じ動きをさせていた国ではなかったのか?

 

もちろんヨーロッパの同じ時期の商人を見てみなければわからないけれど

 

そうそう引けを取っていなかったのでは?

 

そしてノーベル賞級の経済学の専門家「荻原重秀」である。

 

「本来、お金というのはなんでもいいわけで、瓦でもいいのだ」

 

と通貨の本質を見抜いている。

 

天才的な経済官僚である。

 

しかし、そのあまりに早すぎる先見の明が

 

守旧派の新井白石に徹底的に嫌われ、讒言の上、歴史の表舞台から姿を消すことになる。

 

荻原に勝った新井白石の政策は、貨幣経済に移りつつある経済を無理やり過去の時代に戻そうとした

 

言ってみれば、デフレ政策で、この後しばらくは、江戸の経済が停滞する。

 

明治政府の制作もあるのだろう、不思議なもので新井白石はその後奸臣を粛清した賢臣に祭り上げられる。

 

どう見ても経済政策は、荻原重秀のほうが上だったにもかかわらずである。

 

現在につながる微妙な空気は、この時からすでに作られていたのだろうか。

2013年11月12日火曜日

享保の改革とは?


10.ようやく理解した吉宗と、理解していた大岡越前
享保の改革以前

 食料の増産制作による米の増産。一方で不十分な貨幣の流通量によりデフレに陥る。

 米によって生活をしている武士、農民にとってみると

 豊作になればなるほど米の価値が下がる状態が続く。

 逆に豊かになったのは、すでに貨幣経済に移行しつつあった両替商(金融機関)か。

 米の価値を下げないためには、米の買い占めを行う必要がある。

 しかし、米自体は農作物のため豊作になればなるほど何処かから流通してしまう。

 綱吉の浪費と合わせて財政赤字が続いていた状況。

1.幕府の収入を増やす=有毛検見法【ありけげみ】

  毎年の出来高によって租税率が決まる。  

  それまでの定免法、数年間の平均をみて米の租税率を決める。

  定免法なら、平均以上の豊作であれば農民に余裕が生まれる。

  一方、有毛検見法であれば、余裕の分は租税で持っていかれる。

  きついと書いてあったが果たして?

2.貨幣の流通量を増やすことによって相対的に米価を上げる(インフレ政策か?)

 1.との組み合わせで、幕府の大幅な収入増となる。

 実際、吉宗の時代で幕府の最高税収を得たとのこと。

 ところが、農民側にしてみると、租税負担率の増加。インフレによる米価の低迷。

 たまったものではない、結局農村の荒廃を招いた。

 統計を見てみないと何とも言えないが、離農が多かったとの事。

 吉宗といえば名君のほまれ高い人ではあるが、農民にとっては悪夢のような人だったのか?


 貨幣の流通量だけを増やしていけば、時間はかかったが農民も豊かになった=安定した可能性
 
 結局吉宗は、幕府のことしか考えられなかった。

 時代からして当然か。

2013年10月31日木曜日

書評:大江戸たべもの歳時記

大江戸食べもの歳時記 (新潮文庫)
永山 久夫
新潮社 (2013-04-27)
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日本の現在の食生活は、ほぼ江戸時代に完成しているのではないかと思う。

確かに、明治維新による西欧化の波のなかで、多くの新しい料理は取り入れてきたが

結局は、”日本料理”となってしまった。

「支那に中華料理なく、ヨーロッパに洋食なし」である。

ラーメンは中華料理か?

カレーライスは洋食か?

結局日本人の口に会うように作り変えられたのではないか?

つねづねそう思っている。

そして、おそらく江戸前料理は大衆が育てた世界で唯一の料理ではなかったのか?

江戸という長期の平和な世界が世界有数の”舌”をもつ国民を育てたのではないか?

これは検証が必要であるが、

東南アジアで多く見られる屋台とは、日本が発祥の地ではなかったのか?

江戸という世界最大の街で、町民たちが何を楽しみに生きていたか

三食をどういう形でとったのか

季節の食べ物は?

日本食の代表とも言える

寿司

天ぷら

スキヤキ

とは?

本書は和歌をまじえ平易な文書で書いてある。

どこかの精神の貧しい国々を批判する前に

日本の素晴らしさを知ってほしい。

読んで楽しく、日本酒と肴が欲しくなる本です。


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2013年10月27日日曜日

江戸時代のインフレ・デフレ

江戸時代の貨幣システムはコメを中心に行っていた

コメの買い占めはコメの価格を上げるため、


つまりインフレーションを起こすためだと思い込んでいた。

全く逆だ!コメを貨幣と考えるなら

コメを買い占めて流通させなければデフレが起こる

貧農史観を見直す (講談社現代新書)
佐藤 常雄 大石 慎三郎
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なぜなら、他の商品の価値がコメに比べて相対的に下がるからだ。

逆に、コメが豊作ならば、インフレが起こる。

となれば、コメの価値を取引していたサムライや商人は困る。

逆に多くの庶民は、助かる。

となると導き出される答えはひとつ

サムライや商人たちは、コメは飢饉を起こすほど取れなくても困るが

豊作になって取れすぎても困る。

豊作になって採れ過ぎたら、コメを買い占めてコメの値崩れを防がなければならない。

それを理解せずに新田開発などを行えば、経済規模が飛躍的に伸びるわけではないのだから

結局は、自分たちの収入が減っていくことになる

結局明治維新が起きて江戸幕府は倒れたけど

幕末は、貨幣経済の拡大によってコメの経済が終わったから

幕府と諸藩は苦しくなったと教わった

そうではなくて、長く平和な江戸時代が

コメの生産性を大幅に上昇させまた流通させ、コメの価値のインフレを起こし

サムライたちを苦しめたというのが正解ではないのだろうか?



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